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乃木希典 入門

乃木希典の伝記。その生涯と評価について。

乃木希典について出典を明らかにしつつ書いています。

乃木希典の伝記:「乃木希典伝(全)

乃木希典の評価などに関する主な記事の一覧:「『乃木希典入門』について

旅順攻囲戦時系列・戦死傷者数

目次

徐々に作成しています。平成28年12月時点において未完成。

  1. 旅順攻囲戦時系列
  2. 戦死傷者

旅順攻囲戦時系列

時間出来事備考
明治37年
(1904年)
6月 6日   塩大澳(遼東半島)に上陸。  
26日   第三軍,旅順要塞を包囲。  
7月 26日   第三軍,第1回総攻撃開始  
8月 7日   大孤山に観測所を設置して旅順港内への砲撃を開始。  
9日 午前 ロシア第一太平洋艦隊(旅順艦隊)所属の戦艦レトヴィザンに日本軍の砲撃が命中。浸水。戦艦ツェサレーヴィチ損傷。艦隊司令官ヴィリゲリム・ヴィトゲフトが負傷。  
10日   ロシア旅順艦隊が出撃し,黄海海戦が発生。ロシア太平洋艦隊壊滅。  
10月 26日   第三軍,第2回総攻撃開始。  
11月 26日   第三軍,第3回総攻撃開始  
  白襷隊による攻撃  
12月 1日   児玉源太郎,第三軍司令部訪問。  
  乃木保典(希典二男)戦死。  
5日   第三軍,203高地占領。  
  残存していたロシア旅順艦隊,自沈。  
明治38年
(1905年)
1月 1日 午後3時 第三軍,望台を占領。
第三軍,ロシア軍に対して降伏勧告。
 
午後4時 ロシア軍降伏。  
2日   戦闘停止。  
5日   水師営の会見  
13日   第三軍,旅順入城。  
14日   招魂祭  

戦死傷者

括弧内は戦傷者

 日本軍ロシア軍
初期戦力 41,780*1*2
全期間 59,408(44,008)
第1回総攻撃*3 15,860 1,500
第2回総攻撃*4 3830 531
第3回総攻撃    

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参考文献

  1. 参謀本部編纂『明治廿七八年日露戦史』第5巻及び第6巻
  2. I・I・ロストーノフ*5著,大江志乃夫ほか訳『ソ連から見た日露戦争』(原書房,2009年)
  3. 桑原嶽『乃木希典日露戦争の真実 司馬遼太郎の誤りを正す』(PHP研究所<PHP新書>,2016年)
  4. 別宮暖朗『旅順攻防戦の真実――乃木司令部は無能ではなかった』(PHP研究所<PHP文庫>,2006年)
  5. 別宮暖朗日露戦争陸戦の研究』(筑摩書房<ちくま文庫>,2011年)

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*1:7月30日時点。このほか旅順艦隊の乗組員として約12,000人。

*2:ロストーノフ190頁

*3:桑原135頁

*4:桑原149頁

*5:Iva Ivanovich Rostunov,歴史学博士。ソ連国防省軍事史研究所員(当時)。